5-5 圧力損失とエネルギー損失の指標

粘性エネルギー損失による評価

胸部大動脈で健常 2.3 mW、拡張のみ 3.6 mW、拡張+狭窄 14.3 mW です。損失の71%は上行大動脈で生じ、輪郭抽出の差だけで値の7%が動きます。

もう一つの道は、速度勾配から粘性による散逸を直接計算し、空間で積分することです。粘性エネルギー損失と呼び、単位は W(ワット)になります。

エネルギーの単位ではなく仕事率の単位である点に注意してください。「1心拍でどれだけ失われたか」ではなく、「いま毎秒どれだけ失われているか」を表します。

胸部大動脈における群間差

胸部大動脈の粘性エネルギー損失の研究1の値は次のとおりです。

群 粘性エネルギー損失 健常との比
健常 2.3 mW 1.0
拡張のみ 3.6 mW 約1.6倍
拡張+狭窄 14.3 mW 約6倍

圧較差との相関は r² = 0.91 と強く、群間差は明瞭に出ます。

大動脈内でのエネルギー損失の空間分布

値が一つの数字で報告されると、大動脈全体で一様に失われているように読めてしまいます。実際は違います。下は健常ボランティアで求めたエネルギー損失の分布です。

健常ボランティアの大動脈におけるエネルギー損失の分布。健常でも一様ではなく、弁を出た直後の上行大動脈と弓部に偏る。しきい値を動かすと、どこから拾っているかが変わる。

当社が取得した健常ボランティア1名の 4D Flow MRI から iTFlow で算出した分布です。本文で引用している文献の計測値とは別のデータです。

健常でも偏っています。この偏りが、次に見る二つの注意点に直結します。

計測範囲と大動脈径との相関に関する注意

一方、この研究からは指標を運用するときの注意が二つ出ます。どちらも、値そのものより重要です。

損失の71%は上行大動脈で生じます。 つまり計測範囲をどこからどこまで取るかで、値が大きく動きます。上行大動脈を含めるか含めないかで倍近く変わる可能性があります。範囲を書かない報告は比較できません。

拡張だけの群では大動脈径と相関するのに、狭窄群では相関が消えます(r² = 0.14)。径を見て損失を推測することはできない、ということです。形態から流れを推定する方向には限界があります。

観察者間のセグメンテーション差による変動

さらに、観察者間のセグメンテーション差だけで ±1.75 mW、値の 7% が動くという数字が示されています。

これは 4-4第4章で見た原理の帰結です。粘性エネルギー損失は速度勾配から作るので、空間微分を含む指標です。したがって分解能と輪郭抽出に依存します。輪郭が動けば、壁際の勾配が変わり、積分値も変わります。

3-4第3章で「絶対値の施設間比較は成立しない」と書いた理由が、ここでも同じ形で現れています。

「エネルギー損失」という名称の多義性

ここで一つ、実務でしばしば問題になる点を書いておきます。

「エネルギー損失」という名前の指標には、少なくとも二種類あります。この記事で扱った粘性散逸だけを見るものと、5-4前の記事で扱った乱流成分を含むものです。同じ言葉で呼ばれ、単位も似ていて、値は違います。

さらに 5-7心エコーの側のエネルギー損失は、2次元断面内で計算されます。3次元で積分した値とは、そもそも次元が違います。

どの手法で出した値かを書かなければ、その数字は比較できません。 2-4第2章で身につけた三つの読み方のうち、「閾値を確認する」と同じ構図です。指標の名前は定義ではありません。5-6次の記事では、圧力そのものを再構成する方向を読みます。

この記事で出てきた言葉

粘性エネルギー損失
速度勾配に粘度をかけて空間で積分した散逸量。単位は W。空間微分を含むため分解能と輪郭抽出に依存する。

引用文献(1 本)

  1. 1

    Barker AJ, van Ooij P, Bandi K ほか. Viscous energy loss in the presence of abnormal aortic flow. Magnetic Resonance in Medicine. 2014.↩

    拡張に狭窄が重なると大動脈のエネルギー損失6倍 うち71%は上行大動脈で発生

ここで答えていない問い

  • エネルギーではなく、圧力そのものを流速場から再構成できるのか。

第5章「圧力損失とエネルギー損失の指標」より 最終更新 2026-09-07