4-4 速度場を得る三つの計測・解析手法

空間微分の有無による指標の分解能依存性

渦度・ヘリシティ・エネルギー損失・WSS は分解能に弱く、4D Flow ではエネルギー損失が最大80%過小評価されます。TKE は空間微分を使わないため相対的に有利ですが、免れているわけではありません。

4-3前の記事で、研究段階に置かれた理由として「空間分解能への依存」が挙がっていました。では、どの指標がどれだけ依存するのか。

判断の軸は一つです。その指標が空間微分を含むかどうか。

空間微分を含む指標と含まない指標

数式の定義から整理した総説1によれば、指標は次の二つに分かれます。

空間微分を含む指標 空間微分を含まない指標
該当する指標 渦度、ヘリシティ、エネルギー損失、壁面せん断応力 乱流運動エネルギー(TKE)
値の作り方 隣り合うボクセルの速度の差 ボクセル内の速度のばらつき
隣のボクセルの参照 必要 不要
ノイズ 差を取る操作で増幅される 増幅されない
分解能を変えたとき 値そのものが変わる 微分量より有利。ただし時空間の平均化や層流の速度勾配がボクセル内分散に混入する
報告されている誤差 4D Flow のエネルギー損失で最大約80%の過小評価 条件によって人工的な TKE が生じ、過大に出る場合がある

TKE の行を「分解能の影響を受けない」と読まないでください。ボクセル内の分散には、乱流の速度変動だけでなく、時間方向・空間方向の平均化や、層流であっても存在する速度勾配が混入します。模擬 MRI データを使った検討では、条件によって人工的な TKE が生じ、総 TKE が大きく過大に出る場合が報告されています。微分を含む指標より有利という程度の話で、免れているわけではありません。

エネルギー損失については、VENC を 1.5〜2.0 m/s に固定するという具体的な推奨も示されています。

なお、この総説は当社の共同研究者による論文で、宮崎も著者に加わっています。

壁面せん断応力が過小評価される機序

過大評価ではなく過小評価に偏るのには理由があります。壁際で何が起きているかを見てください。

壁からの距離に対する流速。青が真のプロファイル、赤がボクセル中心から推定した傾き。勾配が立っている層の厚さ δ よりボクセルが大きいと、推定した傾きは緩くなる。空間平均化だけを取り出した理想化した1次元の模型で、ノイズや壁位置の誤差は含まない。

拍動流では、速度が立ち上がる層の厚さはミリメートルの桁になることがあります。ボクセルが 2.5 mm でこの層が 1 mm なら、最初のボクセルの中心は既に層の外にあります。壁(速度ゼロ)と、そのボクセルの値を直線で結べば、傾きは真の値より緩くなります。

空間平均化に由来する誤差は、傾きを緩く推定する方向に働きます。 スライダでボクセルの一辺を大きくしていくと、「真 / 推定」の倍率が上がっていくのが見えます。逆に、勾配層を厚くすると倍率は1に近づきます。

ただし実際の MRI 由来 WSS には、この平均化のほかにノイズ、壁位置の決め方、補間、微分の取り方も乗ります。したがって「一般に過小評価する傾向がある」というのが正確な言い方で、症例や部位によっては倍率が1に近いこともあります。 後の章で読む 大動脈弓の検証2でも、成人例で CFD が MRI の3〜5倍だった一方、小児例では同程度の桁でした。

これが壁際の分解能の問題です。この図で 2.5 mm と 1 mm の組み合わせを試すと、倍率が2〜3倍の桁になります。「CFD の WSS が MRI の3〜5倍」という報告2の値と桁が合い、CFD 側の分解能を落とすと差が縮むことを示した実験3も同じ原因を指しています。どちらも 6-2第6章で扱います。

分解能からの指標選択

この原理が分かると、実務での順序が逆になります。「この指標を出したいから、こういう条件で撮る」ではなく、「この装置でこの分解能なら、提案できる指標はここまで」と逆算できます。

分解能が確保できないなら、取れる手は三つです。

判断が原理から出るので、症例ごとに迷わなくなります。

この記事で出てきた言葉

空間微分を含む指標
速度の差分から作る量(渦度・ヘリシティ・エネルギー損失・WSS)。分解能とノイズの影響を直接受ける。
TKE(乱流運動エネルギー)
乱流の速度変動が持つ運動エネルギー。ボクセル内の速度分布のばらつきから求める。空間微分を使わないため分解能には比較的強いが、時空間の平均化や層流の速度勾配もボクセル内の分散に混入する。
壁際の分解能
速度勾配が立っている薄い層をボクセルが解像できているか。跨いでしまうと壁での傾きは必ず緩く推定される。

引用文献(4 本)

  1. 1

    Itatani K, Sekine T, Yamagishi M ほか. Hemodynamic Parameters for Cardiovascular System in 4D Flow MRI: Mathematical Definition and Clinical Applications. Magnetic Resonance in Medical Sciences. 2022.↩

    4D Flow のエネルギー損失、最大80%の過小評価 空間微分を含む指標は分解能に弱く

  2. 2

    Miyazaki S, Itatani K, Furusawa T ほか. Validation of numerical simulation methods in aortic arch using 4D Flow MRI. Heart and Vessels. 2017.↩

    CFD の WSS、MRI の3〜5倍 一致するのは分布のみ、絶対値は合わず

  3. 3

    Perinajová R, Juffermans JF, Mercado JL ほか. Assessment of turbulent blood flow and wall shear stress in aortic coarctation using image-based simulations. BioMedical Engineering OnLine. 2021.↩

    条件を完全に揃えても CFD の WSS は MRI の3.7倍 原因は乱流モデルでなく壁際の分解能

  4. 4

    Dyverfeldt P, Hope MD, Tseng EE ほか. Magnetic resonance measurement of turbulent kinetic energy for the estimation of irreversible pressure loss in aortic stenosis. JACC: Cardiovascular Imaging. 2013.↩

    簡易ベルヌーイが数え落とす圧力損失、乱れのエネルギーで捕捉 相関 R²=0.91

ここで答えていない問い

  • 分解能が足りないと、具体的にどれだけ値が落ちるのか。
  • CFD と MRI で値が数倍ちがうのは、これが原因なのか。

第4章「速度場を得る三つの計測・解析手法」より 最終更新 2026-09-07