1-1 血流は血管壁に何をするのか

病変の場所は、なぜ偏るのか

動脈硬化は血管のどこにでも均等にできるわけではありません。好発部位の分布は、分岐や湾曲で流れが複雑になる場所(擾乱流)の分布と重なります。

同じ血液が、同じ濃度のコレステロールを含んで全身をめぐっています。それなのに、動脈硬化のプラークができる場所は大きく偏っています。

好発部位として繰り返し挙がるのは、分岐部、湾曲部、頸動脈分岐、大動脈弓の内彎、冠動脈の分岐、大動脈弁の大動脈側です。逆に、下行胸部大動脈や腹部大動脈のまっすぐな部分は比較的免れます(Chiu と Chien の総説1)。この偏りはヒトの自然経過でも成り立っていて、偶然の散らばりではありません。

直管と湾曲管における流れの違い

まず、血管の中で流れがどうなっているかを見てください。下の図は大動脈弓を模した理想形状で、粒子が流れる様子を立体で表示しています。ドラッグして回すと、管の中の流れが一様ではないことが分かります。

大動脈弓を模した理想形状の中を流れる粒子。中心付近は速く、壁の近くは遅い。曲がりの外側と内側でも速さが違う。患者由来のデータは使っていない理想化した模型。

管がまっすぐなら、流れは断面の中心を軸に整った層をなして進みます。曲がると、遠心力で速い流れが外側に押しやられ、内側では流れが遅くなります。分岐すれば、分かれ目の向こう側で流れが壁から剥がれ、渦ができて、行き先を失った流れが往復します。

この状態を 擾乱流(disturbed flow)と呼びます。空間的には剥離と再付着を伴い、時間的には向きが往復します。まっすぐな区間では起きません。

ここで用語を分けておきます。擾乱流は、流体力学でいう乱流(turbulent flow)とは別の概念です。 擾乱流は「一方向に定まらず、再循環と往復を含む複雑な流れ」を指します。乱流は「速度が不規則に変動し、大小の渦を含む状態」を指します。分岐部の擾乱流が乱流であるとは限らず、逆に狭窄後方の乱流は擾乱流とも呼ばれます。以降、内皮への作用を論じる場面では擾乱流、渦とエネルギー散逸を論じる場面では乱流と書き分けます。乱流の判定は 5-2第5章で扱います。

4D Flow MRI で観察した大動脈弓の流線

いまのは理想形状の模型でした。実際に人の大動脈を測ると、どう見えるのでしょうか。下は健常ボランティアの 4D Flow MRI から起こした流線です。同じように回して見られます。

健常ボランティアの大動脈を流れる血液の流線。上行大動脈から弓部にかけて流れがねじれ、下行大動脈では中心が速く壁際が遅い。理想形状の模型と違い、分枝があり、断面は円ではなく、拍動で形も変わる。

当社が取得した健常ボランティア1名の 4D Flow MRI を iTFlow で可視化したものです。患者の診療データではありません。

模型との違いが二つ目につきます。ひとつは、流れがまっすぐ進んでいないことです。弓部では流れが螺旋を描きます。健常でも起きる現象で、異常ではありません。もうひとつは、分枝があることです。腕頭動脈から左鎖骨下動脈にかけての枝が、弓部の流れを乱します。

第1章の残りでは、この「流れの偏り」を数値にする方法を組み立てます。

好発部位の分布と擾乱流の分布の一致

ここで病変の好発部位をもう一度見てください。分岐部、湾曲部、大動脈弓の内彎は、いずれも擾乱流が生じる場所です。

この重なりが、循環器に流体力学が入ってきた出発点です。全身の因子(血圧、脂質、喫煙)は「動脈硬化になりやすいかどうか」を決めますが、「どこになるか」は決めません。場所を決めているのは局所の流れではないか、という発想です。

もっとも、二つの地図が重なることは、因果を証明しません。次に必要なものは二つあります。ひとつは 1-2擾乱流を数値で表す方法であり、もうひとつは 1-4壁の側にそれを感じ取る仕組みがあるという確認です。

順に見ていきます。

この記事で出てきた言葉

病変の局在
動脈硬化やプラークが血管のどこにでも均等にできるのではなく、分岐部・湾曲部などに偏って生じること。
擾乱流(disturbed flow)
剥離・再付着と再循環を伴い、向きが往復する複雑な流れ。分岐部や湾曲部で生じ、方向の定まった層流とは内皮への作用が違う。流体力学でいう乱流とは別の概念で、擾乱流であっても乱流とは限らない。

引用文献(1 本)

  1. 1

    Chiu JJ, Chien S. Effects of disturbed flow on vascular endothelium: pathophysiological basis and clinical perspectives. Physiological Reviews. 2011.↩

    動脈 10〜70、病変好発部 0.5 dyn/cm² 内皮のスイッチが切り替わる境目

ここで答えていない問い

  • 擾乱流であることは、どんな量で表せるのか。

第1章「血流は血管壁に何をするのか」より 最終更新 2026-09-07