1-2 血流は血管壁に何をするのか
壁面せん断応力(WSS)の定義
壁面せん断応力とは、壁のすぐ内側の速度勾配です。定義を式で読むより、値を動かして傾きが変わるのを見たほうが速く掴めます。
流れが壁に及ぼす力は、二つの向きに分けられます。壁を垂直に押す成分(圧力)と、壁に沿って擦る成分です。後者を面積で割った量がせん断応力で、血管壁で考えるときは壁面せん断応力(WSS: Wall Shear Stress)と呼びます。
定義は一行です。壁のすぐ内側の速度勾配に、血液の粘度をかけます。4D Flow から算出する血行力学指標の定義を整理した 板谷らの総説1も、この形で壁面せん断応力を定めています。
円管内層流の速度プロファイルと壁での速度勾配
言葉だけでは掴みにくいので、実際に動かしてみてください。下の図は円管の中の層流です。流量、内半径、粘度をスライダで変えると、速度プロファイルの形が変わります。
赤い線が壁での接線です。その傾きに血液の粘度をかけたものが壁面せん断応力です。
触ってみると分かることがいくつかあります。
流量を上げれば傾きは立ちます。 これは直感どおりです。
半径を細くしても傾きは立ちます。 しかもこちらのほうが効きます。同じ流量なら、半径を半分にすると壁面せん断応力は8倍になります。式の上では τ = 4μQ/(πR³) で、半径の3乗が分母に来るからです。血管が細くなることが壁への負荷を大きく変える、というのはここから来ています。
粘度を上げれば傾きは同じでも応力は上がります。 粘度は掛け算の係数なので、値の絶対値をそのまま動かします。粘度は測定されることが稀で、たいてい文献の代表値が仮定されます。冠動脈 CFD の入力の不確かさを定量した研究2では、壁面せん断応力の絶対値を左右する最大の要因が血液粘度であり、寄与率は約 0.59 でした。この一点が、計算した壁面せん断応力の絶対値をどこまで信じられるかに直結します。不確かさの伝播は 6-3第6章の記事で扱います。
WSS の定義に含まれる壁位置と近傍速度への依存
この定義には、避けられない性質が組み込まれています。壁の位置と、その近傍の速度が分かっていないと計算できない、ということです。
壁の位置は、画像から内腔を抽出したときの閾値で決まります。閾値が変われば壁が動きます。近傍の速度は、ボクセルという有限の大きさの箱で測った平均値です。箱が大きければ、傾きは緩く出ます。
上の図で半径を細くしていくと、傾きが急になる様子が見えます。この急な部分を、粗い箱で測ったらどうなるか。それが 4-4第4章の分解能の記事と 6-2第6章の MRI と CFD の比較の主題になります。
1-4次の記事では、この量がどのくらいの値をとるのかを押さえます。
この記事で出てきた言葉
- せん断応力
- 流体が面に平行な向きに及ぼす力を、面積で割った量。単位は Pa または dyn/cm²(1 Pa = 10 dyn/cm²)。
- 壁面せん断応力(WSS)
- 血流が血管壁を擦る力。壁のすぐ内側の速度勾配に粘度をかけた量で、壁の位置と近傍の速度をどう見るかに強く依存する。
引用文献(2 本)
- 1
- 2
ここで答えていない問い
- この量は、どのくらいの値になるのが普通なのか。
- 壁が本当にこの量を感じ取っている証拠はあるのか。
第1章「血流は血管壁に何をするのか」より 最終更新 2026-09-07